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「魔法使いと記憶のない騎士」
第八話
対峙
―錬金術?―

その日は宿のあるところには辿り着かず、野宿となった。
村で買いエンキの背嚢に入れていた小さなテントを張り、そこで休む。
テントを張ったのは大きな木の下だった。
火を熾したところでエンキは聞いた。
「そういえば、テントは持ち歩いていなかったのか?」
エレオノーラは肩をすくめた。
「少し前に壊れてしまったの。それ以来木の下とか洞窟とかで寝ていたの」
「……大変だったろ」
「慣れたわ」
くす、と笑いながらエレオノーラは言った。その言葉に、エンキは思わず口をつぐんだ。
そして切り出したのは別の話題。
「……どちらかは起きて番をしていた方がいいだろう」
「番?」
「野獣とかが来たら困るだろう」
すると、エレオノーラは左手にはめた青い石の指輪をエンキに見えるところに持ってきた。
「コレ、簡単な結界も張れるの。張りましょうか」
「……」
エンキはしばらくの間、じっとそれを見つめていた。
「……張ってもらおうかな。ただし心配だから俺はしばらく起きてるよ」
「起きてなくてもいいのよ?なにか結界では対応できそうもないものが来たら、コレが私を起こすから」
そう言うと、エレオノーラは石に口付けした。すると石を中心に青い光の輪が広がっていく。そしてそれはテントを囲むように広がると、闇に溶けるように消えた。
「……今のが?」
「そう、結界」
「……」
辺りに変わった様子はない。エンキは変わりないその様子を見て、もう一度言った。
「……やっぱりしばらく起きているよ」
エレオノーラはその言葉に苦笑した。



翌朝。テントの入り口から光が差し込んできてエレオノーラは目を覚ました。
傍らにエンキはいない。まだ温もりを留めている毛布がくしゃくしゃになっているだけだった。
「エンキ?……トイレにでもいったのかしら」
とりあえず、自分の毛布と彼の毛布をたたむ事にしたエレオノーラだった。



エンキはトイレのためだけにテントから出たのではなかった。
――気配がする。
結界の外に気配がしたのだ。じっとこちらを見ている。あまりいいものではない気配。
結界はテントを中心に5メートルほど。エンキは結界を越えた。一瞬空気が重たく感じられたがそれ以外に何の変わりもない。
数歩、歩く。
その時だった。少し先の地面がゴボ、と泡を立てた。エンキは剣の柄に右手を置いた。
地面がゆっくりと立ち上がり、人の形をとった。
「――魔物……?」
魔物。獣とは違い明確な意思を持って人間を害そうとする、魔力を持つ生き物。
目の前のものはまさにそれだった。魔物は首のない人の形をとった。
そして、泥の腕をエンキに伸ばす。
「――遅い」
エンキは苦もなくそれを避ける。ふと、背後を気にする。結界の中のテントで、エレオノーラはまだ眠っているだろうか?
魔物は伸ばした腕を自分のところに引き戻した。
「――ちがう」
エンキは泥人形を見ながら言った。
――あの気配は、コレではない。



エンキが結界を出た。
青い石はそれをエレオノーラに知らせた。そして
「――外に、何かいるわね」
エレオノーラが情報を正しく読み取ったのを知ったかのように"沈黙"した。
彼女はそのまま立ち上がり、帯刀した刀に片手を添えながらテントの入り口の布を跳ね上げた。
少し先で、エンキが剣を真っ直ぐに構えていた。その向こうに、何か――
「エンキ!」
その声に、エンキはちらりと視線だけ肩越しに投げてきた。その隙を突くように、敵が動く。
とんっと地を蹴るようにしてエンキが避ける。すると、敵の姿が見えた。首のない人型、泥でできた――
「魔物?!」
泥人形は攻撃をかわされてよろけた。そこへエンキは一撃を見舞う。すると泥人形はあっという間にボロボロと崩れ大地に還っていった。
それを見て、エレオノーラはさっとエンキに駆け寄った。結界はそのままにしておく。
「あれは――」
「わからん。気配がして襲ってきた。魔物の一種のようだが誰かが操ってる」
エンキは油断なく辺りを見回した。泥人形は確かに魔物だが、アレに意識はなかった。誰かが見えぬ糸を張りまさに操っていたのだ。
すると、今度は左手の地面が首をもたげ始めた。それはエレオノーラのつま先数センチのところの土だった。
ぐい、と力強い手がエレオノーラの肘を掴んで引っ張った。エンキがあっという間にエレオノーラを背中側に庇うように押しやったのだ。二人の姿勢は自然、泥人形と対峙する形になる。
泥人形はすっかり前のものと同じ姿になった。そして手をブラブラと揺らす。
それ以外には動かない。
「おはようございます」
そんな二人に、今度は右手から声が掛かった。エンキは視線だけ動かして、エレオノーラは顔ごと動かしてそちらを見る。――そこには木があった。一本の、枯れかけた葉をつけていない木が。二人の視線はその木の上へ上へと動いていく。そして、三本目の太い枝で止まる。
そこには、銀色の仮面を着けた男が足を組んで座っていた。
「はじめまして。"邪王の娘"エレオノーラ」
す、とエンキの剣の切っ先が男のほうに向けられる。体は泥人形と対峙したままだ。
「――知り合いか」
「いいえ」
二人は小さな声でそう言葉を交わす。すると、それを見た男はふわりと木の上から降りてきた。音もたてずに着地する。
「すでに"お連れ様"がいらっしゃいましたか」
「――……」
ぐい、とエンキがエレオノーラを男から遠ざけるように背中に隠そうと動いた。泥人形にも男にも斜向いに体を向ける。そんなエンキの様子を見て男はクスクス笑った。
「……おや、うちの摂政どのは出遅れたかもしれませんねぇ」
「摂政、どの?」
エレオノーラはエンキの背中ごしに男を見た。
――なんでも顔の上半分を仮面で隠しているとかでなぁ。
思い出されるのは、村で聞いた話。目の前の男は、顔の上半分を銀の仮面で隠している。
「貴方もしかして……」
「おそらくその推察はあたりですよ」
男は好意的な声で言った。
「……リュオンの錬金術師さん、ね?」
「やはりあたりです。素晴らしい」
男の口元が笑みの形になった。そして、エンキの剣へ顔を向ける。
「それを下ろしていただけませんか。お話がしたいのです」
「――……アレはあんたのものだな」
エンキは泥人形を言葉で示す。そしてス、と目を細めていった。
「あんたの気配はいいものとは言えない。さっきも同じものが襲ってきたしな」
「なるほど、道理ですね」
くす、と錬金術師はまた笑う。エレオノーラは背筋を伸ばした。
「摂政の元に行け、というなら私は話は聞かないわ」
「――おや、それこそ私の聞きたかったことです。手早い回答ありがとうございます。しかし――」
スッと錬金術師は両手を挙げた。そして指揮者のように腕を振るう。
「さすがに何もしないで帰るわけには行かないのです」
ごぼ、とエンキとエレオノーラの周りの土がいくつも盛り上がる。
「くる」
ゆるゆると立ち上がった泥人形は先にあったモノも合わせて六体。いや――
「エレオノーラ!」
二人の間の僅かな隙間の地面さえ盛り上がる。エンキはエレオノーラを勢いよく突き飛ばした。
背は高いが華奢なエレオノーラはエンキの力に耐え切れず一メートルほど飛んで尻餅をついた。あわてて体を起こすと、泥人形はエレオノーラには目もくれずエンキを取り囲んでいた。
「エンキ」
立ち上がろうとする彼女の視界が遮られる。いつの間にか錬金術師が彼女の目の前に立ちはだかっていた。
「"邪王の一族"、その実力いかほどのものか。お連れ様にはアレらの、あなたには私の相手をしていただきます」
「!」
まずは手始め、とばかりに錬金術師は手刀を繰り出してきた。さすがにエレオノーラはぎょっとして転がるように避けた。
「っ」
よろけるようにして立ち上がると、錬金術師は感心したような声を出していた。
「まぁ、これくらいは軽いでしょう」
そしておもむろに屈みこむと、地面へと"手を突っ込んだ"。
「?!」
ずぶずぶと手首まで埋まる。手と地面の接触点はまるで水のように揺らいでいる。
「なに……?!」
錬金術師は立ち上がる。すると自然、手は地面から引き出された。するとそこには一振りの剣が握られていた。
「おもちゃの剣ですよ。泥で作った剣です」
にこやかな口調で錬金術師は言い、剣を振るう。振るった剣からは砂がこぼれている。
「一体何を……?!」
すぃと錬金術師は剣を振り上げた。そして重力に任せて、エレオノーラに向けてそれを振り下ろす。
「くっ」
エレオノーラは抜刀せず鞘ごと刀を振るってそれを受け止めた。すると、"泥の剣"は衝撃に耐え切れずに崩れた。
「まぁ、コレくらいでしょう」
手からこぼれていく土を見て錬金術師は言った。そして手を打ち鳴らして土を払うと、今度は手近な木に"手を突っ込んだ"。
エレオノーラはその様子をじっと観察する。
すっと手が引き出されると、そこには再び剣が握られていた。
「!」
「今度は木剣ですよ」
やはり楽しそうな声で錬金術師は言う。エレオノーラは鞘ごと刀を構える。
「抜かないんですか、"紅邪刀"。ああ、失礼。"抜くのは大変"なんでしたね」
エレオノーラはそれには答えず、刀を下から上へと振り上げた。錬金術師は苦もなくそれを木剣で受けて止めて軽く飛びのく。
そして木剣をまじまじと見つめた後言った。
「女性なのに力が強いですね。それとも、おもちゃだからかな。手がしびれた」
エレオノーラは刀を構えなおす。
「"錬金術"師さん、ね。錬金術師ならその"おもちゃ"の作り方にタネも仕掛けもあるはずよ」
そう言って、エレオノーラは再び刀を錬金術師に向けて繰り出す――



――くそっ。
エンキは泥人形に取り囲まれ、四苦八苦していた。泥人形自体はとても強いものとは言えないが、数がどんどん増えていっているのである。叩けばまるで土器が壊れるように壊れていく泥人形。しかしその破片が地面に触れるとそれを核として新たな泥人形が生まれるのである。
――キリがない。元を絶たねばダメか。
元は恐らく、あの仮面の男。しかし取り囲まれていてはエンキにはどうすることもできない。
エンキはぶんっと剣を振るった。すると、泥人形たちは慌てたように身を引く。
――無駄に剣を当てて、数を増やすわけにはいかない……。
剣の届く位置に、泥人形たちは入ってこない。エンキの剣を恐れているのか、それともただ単に彼の足を止めろと命じられているのかはわからない。
そのエンキと泥人形の僅かな間に、木剣が落ちてきた。
エンキはそこで改めて、エレオノーラと錬金術師が剣を交えているのを確認した。



エレオノーラは錬金術師の木剣を弾き飛ばしていた。
錬金術師は両手を挙げて、にこりと口元で笑った。
「おみごと」
「さて、次はどうするの。構わないから見せてちょうだい、"貴方の錬金術"」
「では若干お時間をいただきまして」
錬金術師は再び屈みこみ、地面に手を突っ込む。エレオノーラはじっとそれを観察する。
すっと地面から出てきた手には、今度は黒光りする剣が握られていた。
「さて、お次は鉄の剣です。と言っても急いで作ったので純度はとても低いですが」
それを見て、エレオノーラは目を見開く。
「それ、錬金術じゃないわね」
「おや、ではなんだとお思いで?」
「融身術……」
エレオノーラは、刀を正眼に構え直す。
「私の始祖が理論だけ立てた術よ。決して実行できない術の理論としてね」
錬金術師は口元の笑みを広げた。
「ご名答です、素晴らしい」
そして彼も、今度は真面目に剣を構えた。

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