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「魔法使いと記憶のない騎士」
第十話
小休止
―新たなる得物を求めて?―

「――……」
エレオノーラは珍しいことに、眉根を寄せて不機嫌の意を表していた。
その前に、テーブルを挟んで黙々と食事を口に運ぶエンキ。錬金術師との遭遇から2日が経っていた。
「――既成のものでもいいから、何か武器を持った方がいいんじゃないかしら」
「……」
二人がいるのは樹海の数歩手前の、最後の大きな街だった。石畳があり、二階建てや三階建ての建物もあり、苔むした城壁が街を取り囲んである街だった。
その街の小さな食堂に二人はいる。
エンキは黙々と食べていた。エレオノーラはテーブルに両肘を付いて高い位置で手を組みそこに顎を乗せている。そして、ふーっと息を吐いた。
「……あなた意外とウルサイしガンコだったのね」
「褒め言葉ととっておく。」
ぼそ、とエンキは言った。テーブルには丸いパンがいくつか入っている小さなバスケット、トリ肉のおかずにサラダがあり、二人それぞれの前にはマグに入ったスープがある。
エンキはおかずにひょいとフォークを伸ばす。エレオノーラはさっと手を解くと、自分のフォークを取り上げエンキが取ろうとしていたおかずに素早く刺した。そして、ひょいと口に運ぶ。
エンキは文句は言わない。食べさせてもらっている立場なので、言えるはずもないが。
トリをスパイスで味付けして油で揚げたものだった。ピリリと辛くて、美味しい。
「おいし」
その様子を見て、エンキは中央に置いてあった丸いパンを1つ取り上げた。そして、ナイフでそのパンのほぼ中央を開く。そしてサラダボウルに入っている青菜を数枚とりあげ、切れ目に挟み込む。そこに先程エレオノーラが口にしたチキンをひとつ挟み込む。
「ほら」
できあがったサンドイッチをエレオノーラに差し出す。エレオノーラはそれを遠慮なく受け取った。
「ありがとう」
そう言ってほお張る。パンの柔らかさとシャク、という青菜の歯ごたえそしてチキンのピリリとした辛さが調和してより美味しいものになっていた。トリの皮が上手く噛み切れず、口から零れそうになって思わず口元を押さえる。そして、口元を隠しながらチラリとエンキの様子を伺った。
エンキはエレオノーラを見ていなかった。やや視線を落とし、マグを口元に運ぶ。そしてスープを少し音をたてて飲む。
その様子を見て、エレオノーラは内心でため息をついた。
実はこの街に来てから5件の鍛冶屋を回ったのだ。もちろん、エンキの得物を探すためだ。
が、エンキは1つ回るごとに不機嫌になっていった。
やれここは合わないだの、やれぼったくりだの、やれ職人が気に食わないなどと言って全ての店を出てしまったのだ。
――得物を見る目はあるようだけど。
妥協を知らない男であった。一目見て、ダメだと判断したら二度とその得物は目に入れない。持ってみて、しっくりこなければさっと棚に戻してしまう。
そして結局、エンキは得物選びを止めてしまった。
そのためにエレオノーラは眉を寄せていたのだ。
――これは厄介なことになりそうだわ。
そう思い、自然とエレオノーラも不機嫌になる。
もう一口、サンドイッチをかじる。それを飲み下してから、穏やかな声でエンキに尋ねる。
「……ねぇ、どんなものだったらいいのかしら」
「それは……」
エンキは落としていた視線をエレオノーラに当て、そういった後しばらく黙る。
「……これと思ったものに出会ったときにしかわからん」
その返答に、エレオノーラは盛大にため息をついた。



「幸い、あともう一軒鍛冶屋があるみたいね。行く?」
食堂を出て、エンキに言う。外は騒がしかった。前の村を発って三日。高い建物に囲まれた通りと行きかう人。しばらくこんな人込みに出合っていなかった二人は街に入るとき少し驚いた。聞けば、この街は樹海の宝妖の人々と取引することで大きくなった街だと言う。
樹海で取れる植物や食べ物は珍しいものばかりだし、宝妖たちの作る工芸品や魔法具は素晴らしいできのものが多い。それらを仕入れて商売をしているこの街は、ローランド皇国にも重要な街となっており、そのためもあって発展したのだ。
そんな街と人を見回しながらエンキは答えた。
「もちろん、行くよ」
「じゃあ、こっち」
エレオノーラは迷うことなく右手側に足を踏み出した。それに遅れないようにエンキもついていく。
「なぁ、この街のことも"検索"したのか?」
淀みなく前へと進むエレオノーラを不審に思ったのか、エンキはたずねた。するとエレオノーラはゆるゆると首を横に振った。そしてマントの下から右手を出した。
そこには折りたたまれた長方形の紙が握られていた。
「街の簡易案内図。城門のところで配ってたのよ」
「……そりゃ……抜かりないな」
少々がっくりしながらエンキが言うと、エレオノーラは「?」という顔をして彼を見上げた。それを見て、エンキは「なんでもない」と小さく言った。


大通りをしばらく行くと、人通りがまばらになった。そして、その大通りからいくつも延びる横道の1つにエレオノーラとエンキは入った。
その横道は店が立ち並ぶ大通りとは違い、人の生活区域らしく小さなベランダからは洗濯物が下がっていたり子どもの声や、どこからか甘い匂いもしていた。道幅自体は割と狭い。
「……こんなところに?」
エレオノーラは案内図を見ながら言った。エンキは相変わらず辺りを見回している。
二人の横を、習い事の帰りらしい子どもが二人駆けて行った。危うくエンキにぶつかりそうになり、彼は驚いた顔でひょいとよけてみせた。すると子どもは通り過ぎる間際「ごめんなさい!」と言ってそのまま走って行ってしまった。
エンキはその後姿を見送った。口元になんともいえない笑みが浮かんでくる。
「元気だなぁ」
「子どもが元気な街はいい街だわ」
街の雑音に耳を澄ませば、子どもの笑い声やケンカをする声に泣きじゃくる声、親が子どもを呼ぶ声などが多く混じっていた。それに気づけば、人の頭に影を落とす四角く高い建物もその平穏な日々を守っているように見えてくるから不思議である。
またしばらく行くと、不意に二人の右手側に低い建物が現れた。煙突のある建物だが、建物自体は一階建てでしかない。縦に伸びる集合住宅の並ぶこの通りでは目に付く建物だった。
「……あれかしら」
煙突からはモクモクと煙が上がっている。近づくとなんだか暑くなってきた様な気がした。
「多分な」
不意にエンキの足運びが速くなった。エレオノーラはそれに気づいてやれやれと首を振った。
レンガでできた建物だった。窓には鉄の格子がついている。入り口は開け放たれていて、そこから熱気が伝わってくる。
店に先に入ったのはエンキだった。
店には雑然と武器や武具、そして日常的に使う刃物である包丁が並べてあった。奥には会計をするカウンターがあり、その向こうにどうやら工房があるようだった。店の部分は広くはない。おそらく工房と外で作業を行うための中庭が広くとってあるのだろう。
「いらっしゃい」
工房から老いの人生に入り始めたばかりらしい男が出てきた。いかにも職人といった雰囲気を持っている。
男と向かい合ったのはエレオノーラだった。
「剣か刀を見せていただこうと思って」
「お嬢さんが使うのかい?」
「いえ、私じゃなくて。連れです」
そう言ってエレオノーラが振り返ると、エンキは店のある壁の前に突っ立っていた。ふぅっとあからさまに息をついて見せるが、エンキは動じない。
「この大刀(だいとう)……」
エンキはこちらを振り向かぬまま壁に飾ってある矛か槍のような武器を指差した。
しかしどうやらそれは槍とも矛とも違うようだ。確かに柄は矛か槍のように長いが、刀刃が違った。柄の先についている刀刃は槍や矛とは全く違う。刀刃はそれらよりも大きく、刃側は幅広なまま大きく湾曲している。峰の方は刃と比べて真っ直ぐに伸びているが真ん中の辺りで角のような突起が顔を出している。柄の尻の方にも、突くためのものと思われる金属が施してあった。
「おやお兄さん、それ知ってるのかい?」
「ええ、まあ。……もしかしたら青竜偃月刀って言ったほうがいいかもしれない」
「セイリュウ、エンゲツ?」
聞いたのは職人の男だった。
「青竜っていうのは青い長竜で、昔は柄のところにそれを模した飾りが施してあったからそう呼ばれている」
「エンゲツってのは?」
「弓張月の別名――ほら、刀の形がなんだか上弦の月とか下限の月に似ているでしょう。それからそういう風に呼ばれてるんです」
「へぇ、そうなのかい。兄さん物知りだな。俺は東の方の武器だってんで珍しくて仕入れたんだが、名前も使い方もわからんからその説明はありがたいよ」
「使い方を知らないの?」
反応したのはエレオノーラの方だった。思わず振り返ると職人は肩をすくめて見せる。
「その穂先じゃ突けんしな。それに振り回すのだって一苦労だ。すごく重いんだ、それは。
……おい、兄さん気をつけろ!」
その言葉にエレオノーラは再びエンキの方に向き直った。見ると、エンキは彼が青竜偃月刀と呼んだ得物を壁から外しに掛かっている。
エレオノーラはまたもため息をついた。
「すいません、持たせてあげてください」
「あ、ああ」
エレオノーラと職人が不安げに見守っている中、エンキは得物を壁から外し終えた。
最初はその得物の重さに腕が負けそうになったが、エンキは気を取り直して柄を握りなおし、感触を確かめる。ずしりと重い。体が知っている重さだと声なき声でエンキに伝えた。


服越しにも、エンキの肩の筋肉が動いたとエレオノーラにはわかった。
そして彼は肩越しに彼女を振り返り、短く「下がって」と言った。エレオノーラが言われたとおりにすると、エンキが周りとの間隔を確かめているのが解った。
そして、その直後。
ぐぃ、と青竜偃月刀が持ち上がり、いとも簡単にくるりとエンキの頭上で回った。
職人がぽかんと口を開けた。そんなことを簡単にできる重さのものではないのだ。
しかしエンキのほうは慣れたものでそれから二回、くるりと回す。そして反動をつけたまま、力の方向をくぃと下に向ける。得物はまるでエンキに懐いたかのように体に添って動いていく。そして、腰の部分でピタッと止まった。
力強い一連の動きを、エレオノーラは呆けたように見守っていた。
刃を地面に向け、柄を天に向ける形を保ったままエンキは職人とエレオノーラの方に向き直った。腰と二本の腕で見事に得物を御していた。
「……いやぁ、お見事……」
職人がそういうとエンキは刃の方を見ながら言った。
「コイツは突いたりするのが専門じゃなくてね。"肉を絶ち骨を砕く"のが一番いい使い方だ」
「へぇ……」
職人は感嘆の声しか出さない。エレオノーラはふとエンキの意図を見抜いた。
「あれ、売り物じゃないんでしょう?」
先んじたのはエレオノーラだった。エンキもそれは了解しているらしく、ひとつ息を吐くと腰から前に得物を回し壁に戻そうとした。
「ああ、売り物じゃないが……」
職人は楽しそうな声を出した。
「ソイツ、あんたに懐いたなぁ。いいよ、持っていっても。使われた方がソイツも嬉しいだろうよ。武器職人の俺が言うんだから間違いない」
「……いいのか?」
エンキは得物を戻すのをやめて、職人を振り返った。
「ああ、いいとも」
その言葉に、エンキは思わず微笑んだ。そして穂先のような金属がついた柄尻をトンと地面につけて得物を立ててみせる。エレオノーラはそれをみて少々ぎょっとした。
得物は背の高いエンキよりさらに背が高かったのである。



青竜偃月刀という大刀の一種――とエレオノーラは説明された――は刃を下に向ける形でエンキの背に背負われた。親切なことに、職人が背負えるようにと特製のベルトを作ってくれたのだ。背負うときはちょっと一手間掛かるが、抜くときは簡単に抜けるようになっていた。エンキ曰く、本来は背負わず持って歩くか馬に運ばせるらしいが。
街中、そんな大きな得物を持って歩けば当然目立つ。エレオノーラは内心警備隊などが飛んできたらどうしようかと思ったが、思えば自分も街に入ったときから刀を下げっぱなしである。どうも取り越し苦労だったようだ。
――まぁ、これだけ大きなものを持っていれば、盗賊もそうそう寄ってこないでしょうね。
これから先のことを考えれば、この得物もなかなかいいものなのかもしれない。
そう考えてから、ふと思う。
――エンキはやっぱり東ノ国の人なのかしら。
職人は曖昧な言い方をしたが、青竜偃月刀は確かに東ノ国のものだ。それを軽々と扱い、なおかつ知識を披露した彼は東ノ国の人間だと考えるのが普通だろう。
――だとしたら、彼は確実に故郷と真逆に進んでいることになるわ。
目指す最初の地宝妖の都はここから北に進んだ樹海にあるが、次に目指すローランド皇国の首都はそこからさらに西に進んだ所にあるのだ。
エンキを東に進ませた方がやはりいいのではないだろうか――ふとエレオノーラの脳裏にそんな考えが浮かんだが、彼女は何故かそれを口に出すことはできなかった。



「お風呂がついてるわ!!」
宿に入ってエレオノーラが歓声を上げた。エンキはベッドの上に胡坐をかき手に入れた得物を眺めているところだった。
「お風呂?」
「そうよ、もう三日も体を洗ってないのよ」
「そういえばそうだな」
道中、体を洗えるようなところはなかった。エレオノーラはやはり女性だ。髪の汚れも体の汚れも気になっていたのだ。一人で旅をしているときはそうでもなかったが――嫌な臭いは防衛にもなったのだ――エンキと旅を始めてからはそれがいやに気になるようにしまっていた。エンキ自身はあまり気にしていないようだが。
「ね、入っていいかしら?」
「?なんで許可を求めるんだ?」
風呂場に通じるドアのところで尋ねると、エンキは不思議そうな顔をして聞き返してきた。
「……それもそうね」
そう言って、エレオノーラは風呂場のドアを開け、閉めた。


ありがたい事に、風呂場にはシャワーもついていた。コックを捻ると熱いくらいのお湯が降ってきて足元で音を立てる。
エレオノーラはお湯が体に当たるのを心地良く思いながら、髪の毛に指を差し入れ頭皮をマッサージした。汚れがおちていくのがわかる。
それからコックを捻ってお湯を止め、石鹸を手に取り体を洗う。全身が泡に包まれたところで、再びコックを捻り一気に流す。
排水口に泡が引き込まれていくのを見て、エレオノーラは物思いにふけった。
しかしその物思いははっきりとした形にはならず、ぐるぐると駆け巡るだけだった。仕方ないので彼女はコックを捻って水を止めるのと同時に、考え事をやめて湯船に入った。


頭を拭きながら寝室に戻ると、エンキはベッドの上で相変わらず得物を眺めていた。そしてエレオノーラに気づくと、待ちかねていたかのような声で言った。
「柄が悪くなってる。変えた方がいいかもしれない」
「そうなの?でもここら辺じゃあ、それに詳しそうな人はいないし……。そうだ、宝妖の都に行けば何とかなるかもしれないわよ。彼らは手先が器用だから」
「そうなのか。……まぁ、ダメだったら自分で何とかするよ」
そう言って、柄を握り感触を確かめ始めた。その横顔は宝物を取り出して眺めている子どもの顔とすっかり同じだった。エレオノーラはくすりと笑う。
「エンキもお風呂入ってきたら?今度いつ入れるかわからないし」
「……そうするよ」
エンキはそう笑顔で答えると、ベッドの上にそっと得物を置いて風呂場に向かった。
――まったく、子どもみたい。
エレオノーラもなんだか楽しい気分になったが、ふと自分の先程の発言を思い出しその気持ちは消えた。
「宝妖の都にいけば、か」
出会ってから、一ヶ月も経っていない。あの谷川の洞穴で彼女は彼をリュオン王国方面に行かせようとしていたのだ。それが、随分と変わったものだ。
エンキに過去を求めている気配はないが、やはり故郷のある人は故郷に帰るべきだと思う。東ノ国。東にあった国。そこが彼の故郷だろう。
――誰か待っている人がいるかもしれないのに、私は彼を西に連れて行くの?
道連れがいる間は楽しもうと決めた。……しかし"いる間"とはいつまでなのだろう。
彼はきっと東ノ国の人間だ。記憶は戻っていないが、帰すべきなのではないだろうか……。


エンキが風呂から上がると、エレオノーラは自分のベッドの掛け布団の上で眠っていた。
髪も乾ききっていない。エンキは一瞬彼女を起こそうかとも思ったが、すやすやと眠る彼女の顔を見てやめた。そっと彼女を抱き上げて、掛け布団を捲り布団の中に入れてやる。
それから布団を掛けてやると彼女は何やら寝言らしいことをボソボソと言った。
それに苦笑しながら、エンキは得物を丁重にどけてから自分のベッドに入って眠った。

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