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「魔法使いと記憶のない騎士」
第十二話
異種族
―二人の宝妖と共に―

もふっ。
今更ながらギィグランダが動き、エルファマナーラの口を押さえた。……もちろん後の祭りである。
「も、」
そして宝妖の男は平身低頭の態度になった。
「申し訳ありません、私ばかりでなく私の文官まで非礼を……!」
するとエルファマナーラはめりっとギィグランダの手を自分の口から外した。
二人の手の爪は、人間のものより長く先が尖っていた。
「……今のたずね方は間違っていたかしら?」
と、背後のギィグランダを見上げて不安そうに尋ねる。
「思いっきり間違っています。人間の交配とは秘め事中の秘め事なのです。そのようにあけっぴろげにたずねるのは大変マズイです」
ギィグランダは一息に答えた。
「あら大変。私まで無礼なことをしてしまったわね」
そう言う割りに反省の色が薄い声色だった。
エンキは思わずこめかみを撫でていた。
「で。あんたら誰なんだ?額に宝石のような石がはまっているから宝妖だっていうことはわかるが」
すると、すっと女の方が頭を下げた。
「わたしは宝妖の<一ノ都>の文官、古い言葉で<神聖なる日光が降り注ぐ日に生まれた娘>の意味の名前を持つエルファマナーラと申します。
こちら、先程あなたに攻撃を仕掛けました者は同じく<一ノ都>の武官で、古い言葉で<大きな地鳴りのする日に生まれた息子>の名前を持つギィグランダです」
「……それはご丁寧にどうも。俺は便宜的にエンキと呼ばれている」
「便宜的に?不思議なことおっしゃいますのね……」
「……」
「エル、先程から何かあなた失礼ですよ」
ギィグランダが困ったように突っ込んだ。するとエルファマナーラは眉根を寄せた。
「……最近、ストレスが溜まってるみたいでどうも考えるのと同時に口が開いてしまうの。エンキさんでしたか。ごめんなさいね。決して悪い意味で言ったんじゃないのよ。言葉のまま受けてくれたらありがたいわ」
「はあ」
会話が途切れ、再び見えない霜が下りてきた。エンキが助けを求めるように思わずエレオノーラを見ると、彼女は妙な表情をしたまま固まっていた。
「エレオノーラ?どうした?」
エンキは彼女に歩み寄り、彼女の顔を覗き込んだ。すると彼女は視線を泳がせながら言った。
「エルファマナーラとギィグランダは昔からの友人なの」
「……それはなんとなくわかったが」
すすすーとエレオノーラの顔がエンキの正面から動いていく。エンキは仕方ないので、彼女の顎に手を添えて自分の方を向かせた。
「どうした?具合悪いのか?それとも何かあったのか?」
はぁ、とエレオノーラがため息をついた。
エンキの後で二人の宝妖も不思議そうに彼女を覗きこんでいる。
「あのね、言いにくいんだけど確認したいの。"交配"の意味って――」
エンキはぱっとエレオノーラの顎から手を離して言った。
「皆まで聞くな。」
エレオノーラはどうも「交配」という言葉に衝撃を受けていたようである。



「……そう、全然ソウイウ関係じゃなかったのね。それは申し訳なかったわ」
事情を聞いたエルファマナーラは素直に納得してくれた。ギィグランダは全て話を聞いた後何故かため息をついていた。それからひとつ、咳払いをする。
「……今更ですが」
ギィグランダは改めてかしこまり、エンキとエレオノーラに深く頭を下げた。
「先程、狩人ではないのに勘違いして攻撃をしたこと、お詫び申し上げます。
最近狩人の犠牲になるものが多くいて気がたっておりまして、判断を誤りました。」
エンキはそれを黙って聞き、エレオノーラは首を横に振った。
「誰も怪我しなかったんだし……。……それより、最近狩人が出てるの?」
その言葉にギィグランダは頭を上げた。しかし答えたのはエルファマナーラだった。
「ええ。リュオンの人間がここのところ多く入り込んできていてね。ギィとわたしは見回りをしていたの」
「そう……」
エレオノーラは暗い顔でその説明を聞いていた。それから、エンキに気づいて言う。
「後で説明するわ」
その言葉にくすっとエルファマナーラは笑った。ギィグランダは顎を引く。
「そう、見回りをしてたんだけどね。ギィがあなた方を見つけて突っ走ってしまったもので。追いつくのが大変だったわ」
その言葉にエレオノーラはギィグランダの方を見て、腰に手を当てて言った。
「だめじゃない、文官を置いて行っちゃ」
「……すいません」
男の尖った耳がしょげたようにちょっと下がった。それからちらりとエンキの得物に視線を移す。
「その大きな得物が、狩りのためのものかと思いまして」
「……」
思わずエンキは得物の刀刃を見やった。確かにあまり友好的ではない印象だ。盗賊を寄せ付けない効果があるとは思ったが、まさか宝妖から勘違いされるとは思いも寄らなかった。
「……勘違いさせてすまなかった」
なんだか申し訳なくなってそういうと、ギィグランダは頭を横に振った。
「いいえ、確認しなかった僕が悪いんです」
「いや、用があるのかと聞かれてすぐに俺が答えればこんなことには」
「いえいえ、僕がよく気配を探っていれば」
……しばらくよく解らない謝り合戦が続いた。
エレオノーラとエルファマナーラはしばらくそれを眺めていたが、パンッという手を打つ音でそれは中断させられた。もちろん手を打ち鳴らしたのはエルファマナーラだった。
「まぁ、結局はご両人の初歩的なミスということよ」
身も蓋もない結論だった。しかし正論だったので、二人は黙って納得した。エレオノーラはと言うと、やり込められた二人が面白かったのかくすくす笑っている。エンキはそれを目の端に捉えて、少しおやと思った。
「それで、あなた方は<一ノ都>に来る予定なのかしら」
エルファマナーラが話を切り替えてそう訊ねると、笑いをおさめてエレオノーラは頷いた。
「うん、長老にお会いしたいのだけど、いいかしら」
――その声がすこし甘えているようにエンキには感じられた。
エルファマナーラはまるで優しい姉のようにその言葉に頷く。
「わかったわ。取り計らってみましょう。私たちも<一ノ都>に戻る所だったの。よかったら一緒に行きましょう」
「そうしてもらえると心強いわ」
「それはどういたしまして」
エルファマナーラはにこりとして言った。そして、辺りを見回す。その視線が、エンキによって組み立てられていたテントのところで止まる。
「……貴方たち休むところだったのね。本当に申し訳なかったわ。それじゃあ一眠りして、日が出たら出発しましょうか」
「ええ」
エレオノーラが同意の意を示したのを見ると、ギィグランダが突然歩き出した。そして、木々を見上げる。
「あの枝が良さそうです」
そうして、一本の巨木の下に立つと上を指差した。そこへとことことエルファマナーラも歩いていく。
「あの、太いの?」
「ええ。あそこは座りが良さそうです」
そのやり取りをエンキは不思議そうに、エレオノーラは何気なく見守っていた。
宝妖の二人は、なおも巨木を見上げながら会話を続けている。
「ちょっと遠いわね。跳べるかしら」
「運びましょうか」
「……そうね、お願いしようかしら」
エルファマナーラがそういうと、ギィグランダはひょいと屈んで右腕に彼女を乗せるようにして抱え込んだ。左手に彼の得物である槍を持つ。エルファマナーラは彼の首に腕を回して安定を得る。そして、エンキとエレオノーラの方を振り返る。
「それじゃ、明日会いましょうね」
エレオノーラがそれに頷くのと同時に、ギィグランダが地を蹴った。ものすごい跳躍力で、遙か上方にある太い枝に行き着く。
「おやすみなさい!」
トン、と軽い音がした後巨木から数枚の木の葉が落ちてきた。



とりあえず夜も遅いので、地上に残された二人はテントに入った。
「……すごいジャンプ力だな」
どさりと腰を下ろしてから、エンキは感想を述べた。
「宝妖は、木の上に街を作っているから木の上で眠った方が落ち着くのよ」
「……死んだ同族が木になるって言ってたが、さっき選んだ木が?」
「いいえ。あれは普通の木よ。宝妖だった木は、幹が真っ白なの。葉っぱの筋が金色でね。
その木が密生しているところに彼らは街を作ってるの。もっと奥に行かないと見られないわ」
「……同族だった木の上に街?なんだか気味が悪くないか」
「人間の感覚で言うと、たしかに墓の上に家を立てているようなものだけど……彼らは人間じゃないから」
そう言ってエレオノーラは肩をすくめた。そう言われればそうなので、納得するしかない。
「それと、"狩人"っていうのはなんだ?俺はそれに間違われたんだろう?何かの猟に来た人のことか?」
「……狩人は」
途端にエレオノーラの顔が暗くなった。
「狩人は、宝妖を狩る人間のことよ」
「宝妖を……狩る?」
「宝妖の種宝にはね、力があるのよ。命の源って言ったでしょう?
実際に種宝には力が備わっていて、そのために人間にとっては良い魔法具を作る材料になるみたいなの。いわば良質の魔石ね」
「……そのために狩られるのか?」
「ええ。もちろん宝妖側だって自衛をしているわ。ギィとエルみたいに見回りをしたり、宝妖に成長できなかった種宝を各地に輸出したり。……そのおかげでローランド皇国とリュオン王国とは協定が結ばれて、狩人の数は減ったときいていたけど……」
「……良質の魔法具になるのか。もしかしたらローランド皇国とのいざこざと関係あるかもしれないな。魔術師の部隊があれば魔力を増強するものを作れるだろうし、一般の兵士に持たせても役に立たないわけじゃない……」
「……」
エレオノーラは視線を落とした。エンキは慰める術を知らない。
「……、行き着くところは摂政か。ろくな事をしないな。錬金術師といい……」
「でもここで考えていても仕方ないのが現実なのよね」
エレオノーラは気を取り直し、エンキに苦笑して見せた。
「宝妖の人たちは賢いから、きっと何か方法を考えているでしょうし、異邦人である私が悩んでもどうにかできるものではないし」
「心配されて迷惑がる友人はいないさ」
エンキはそう言って、ぽんとエレオノーラの頭に手を置いた。エレオノーラは突然のその仕草に驚いて手の下からエンキを見上げる。
「心配なんだろう?心配なのは、エレオノーラが彼らのことを友人だと思ってるからだろうな。
……実際、あの二人と話しているとき、ちょっと雰囲気が変わったしな」
「雰囲気が?」
「うん、楽しそうっていうかな。笑い声がちょっと違う……と思った」
「……」
エレオノーラの変化は、僅かなものだと言えたかもしれない。けれど敏感なエンキはそれにきちんと気づいていた。
――気づいていたからと言って、どうというわけでもないが。
エンキはそう内心で呟く。それと同時に、エレオノーラの頭から手をどけた。
「そうすると……私、ちょっととっつきにくかったのかしら?」
手をどけられて、エレオノーラはちょっと考えた後小首を傾げて悪戯っぽくそう言った。
エンキは一瞬黙ってしまったが、すぐににやりと笑って言う。
「別にそういうわけじゃないが」
エレオノーラは悪戯っぽい表情のままで眉を寄せてみせる。エンキはそれに答えるようにやれやれと首を振った――笑ったままで。
「さて、それではそろそろ休みましょうかねぇ」
「そうね」
エレオノーラは指輪の青い石に口付けして、結界を張った。宝妖のように枝の上では眠れないので、用心するにこしたことはない。



翌朝、丸くぽっかり空いた樹海の穴から朝日が僅かに零れてきた頃に一行は出発した。
昼なお暗い樹海だが、それでも木漏れ日が零れてくればランプは要らなかった。
それなりに明るいところで見る二人の宝妖は、対照的とも言える配色を持った生き物だった。
エルファマナーラの髪は青味がかった銀髪で、ギィグランダの髪は光に透けると灰色に見える黒髪だった。宝妖の命の源である額の種宝は、エルファマナーラが紫色(アメジスト)、ギィグランダが深緑色(エメラルド)だった。しかし形はどちらも真丸だ。大きさは掌よりやや小さいぐらいだろうか。
エルファマナーラの背はそんなに高くないが、ギィグランダの背はエンキと同じくらいに高かった。
そんな二人は宝妖の<一ノ都>を治める行政官で、エルファマナーラが文官、ギィグランダが武官だという。宝妖の行政官は文官と武官二人一組で行動するのだという。
「……ちなみに宝妖の都は<一ノ都>(いちのみやこ)から<伍ノ都>(ごのみやこ)まであって、それぞれに行政官がいてそれによって治められているの。各都の行政官にはそれぞれ長がいて、文官の長を臣、武官の長を将と呼んでいるわ。
各都は独立しているけど、連携も取っていて緊急時などに長が集まる元老会という会議があるの。
その元老会を纏める人を長老と呼ぶんだけど、エレオノーラが会いに行くのはその人よ」
「はあ」
道すがら、エルファマナーラはエンキに説明していた。エンキは気の抜けた返事をした。
「……そんなに難しい話はしてないんだけど」
「いや、最近叩き込まれる情報量が多くて」
エンキはカリカリと頭を掻いた。
それを見て、エレオノーラは言った。
「わからなくても、別に支障はないけどね」


途中、幾度か魔物と野獣に出くわしたがギィグランダとエンキの働きで誰一人怪我することなく先へ進めた。そして、予想された時間より早い到着となった。


「ここよ」
エルファマナーラとギィグランダが不意に立ち止まった。
「ここ……?」
変わり映えのしない樹海が広がるばかりの場所だった。
「そう、ここ」
しかしエルファマナーラはそう言い切る。そして、エンキたちに背を向けて腕を広げる。
「最近、狩人がうろついているから都は隠してあるの。扉を開けるから、少し下がって」
そうして、儀式めいた動きでエルファマナーラは胸の前で手を合わせた。
そして、何事か呟き始める。それは人の言葉ではなかった。けれど美しく、まるで歌うような旋律を持っていた。
そうして歌いながら、エルファマナーラはまるで扉を押し開くように腕を動かす。
額の種宝が淡く発光した。その光は天に現れるオーロラのようだった。
エルファマナーラは腕に力を込め、一気に"扉を開けた"。
途端樹海の風景が縦に一線裂け、その向こうから光があふれ出してくる。
真っ白な光だった。
光は徐々にその領域を広げ、辺りを包みだす。
思わず人間である二人は目を瞑った。キーンという音がしてきて、耳が痛くなる。
それが収まって、再びエルファマナーラの歌声が聞こえてくる。
たゆたうような、子守唄のような声。
そして二人のすぐ近くで低い男の声がした。ギィグランダだ。
「ようこそ、<一ノ都>へ」



目を開けた二人が目にしたのは白亜の巨木が聳え、金の木漏れ日に溢れる街だった。


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