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「魔法使いと記憶のない騎士」
第十三話
白き街
―異種の都―

「これは……」
そういった後、エンキは言葉に詰まった。
「<一ノ都>よ」
エレオノーラがなぜか誇らしそうに言った。
目の前には確かに街があった。しかし地面より高い位置に。
まず目に入るのは白樺の木よりもさらに白い木の森だ。その木は真っ白だが決して無機質ではなく、木の肌が見える優しい白だった。幹は今まで見てきた巨木よりも太く、地表に見える根はどちらかというと大地を抱え込んでいるようだった。その幹が、まっすぐと天に向かって伸びている。その途中にこれもまた幹に相応しくがっしりとした枝が現れる。そこに家のようなものがいくつも乗っかっているのだ。そして、木々の間に桟橋。それによって離れた木々の間も行き来できるようになっているのだ。これによって宝妖の街はできている。
「……ずいぶん高い位置にあるな」
ずっと見上げていると首が痛くなりそうな位置に枝――街はあった。
「……どうやって登るんだ」
「上からカゴを下ろします。さぁそれより、早く入って」
ギィグランダは街に目を奪われているエンキを促した。エンキとエレオノーラに続いて、エルファマナーラとギィグランダが"扉"の中に入ると空気が動く気配がした。見ると、先程と同じように歌いながら、"外"に向かってエルファマナーラが手を合わせていた。
「閉めたわ。それじゃあ行きましょう」
「今のは、結界のようなものか」
「ええ、そうよ」
エルファマナーラは"扉"の正体を理解したエンキに頷いた。その声と表情はまるで問題が解けた生徒を見た教師のような雰囲気があった。
その横で、ギィグランダが上を向いてピィーと指笛を鳴らした。
すると数分後、するすると上からカゴのようなものが降りてきた。人が乗れるほどのもので、地上につくと一部がパカッと開いた。
「乗ってください」
ギィグランダが促すのに従って、それに乗り込む。乗り込むと同時に入り口が閉まり、下りてきたときと同様にするするとカゴは上がっていく。
カゴに屋根はなく、エンキは思わず上を見上げた。鮮やか緑色の葉に混じって、きらきらと黄金の光も降り注いでくる。たぶん、話に聞いた金の葉の筋が日光に反射しているのだろう。
しかしその視界の中に、カゴを吊り上げるためのロープのようなものはない。エンキが少々不思議に思いながら見上げたままでいると、エルファマナーラが答えてくれた。
「これは、魔法によって上げ下げされているの。上にその魔法を使っている係の者がいるのよ」
「なるほど」
そう何気なく返事をしてから、エルファマナーラに視線を移す。
「……俺の考えていたこと、顔に出てました?」
思わず敬語になったエンキの質問にエルファマナーラはくすっと笑った。そして、答える。
「就いている職業柄、表情を読み取るのが得意になったのよ。人間と宝妖は成り立ちとかは違うけれど、考えていることは似ているから」
「はぁ。……職業って行政官じゃないんですか?」
ふと思って訊ねると、エルファマナーラは丁寧に疑問に答えようとしてくれた。
「行政官にもいくつか種類があるの。わたしは」
けれどそこで、カクンとカゴが止まった。そして、先程と同じように出口がぱかっと開く。その先には小道のような白い枝が続いていた。そして、そのすぐ脇に小屋のような物。
どうやらそれが係の者が詰めているところらしく、窓から宝妖が一人顔を出した。
「お帰りなさいませ、エルファマナーラ文官、ギィグランダ武官」
「それと人間が二人。エレオノーラとエンキさんよ」
「はい了解」
係の宝妖はそう言うと窓の奥へ首を引っ込めた。一行はカゴから小道のような白い枝に降りる。
枝は本当に道になっており、その先には街があった。幹の窪みに建物を立てているものもあれば、横に膨れた枝の上に建物があったり、枝と枝の股に床を組んでいるものもあった。
そのような建物が、横と縦に広がって層をなし、下から見上げたときには想像できなかった大きな街が出来上がっていた。そして、白い枝の道の上には人間の町と変わらない光景がある。子どもが遊び、大人が買い物をしたり商売をしたりしている。
違うのは上の層に行くための階段がいくつもあることくらいだ。その階段は子どもたちの格好の遊び場らしく、上がったり下がったりと忙しい。縄梯子もいくつかある。ぶら下がって遊んでいるやんちゃ坊主が、すぐ近くの店らしい建物の主人に怒られている。
「これは……立派な街だな」
そういったエンキの隣で、宝妖の二人とエレオノーラは得意そうにしていた。
と、少し先にある階段で遊んでいた五人ばかしの子どもが一行を目に止め、声を上げた。
そしてたっと駆け出す。しかし枝の道は曲がりくねっているので案外近そうに見えたその距離は縮まらない。一度曲がり角で姿が消えた子どもたちが一行の目の前に再び現れたとき、途中で増えたのか人数は倍になっていた。
「エル!ギィ!お帰りなさい」
子どもたちは荒い息の下でそういった。
エルファマナーラとギィグランダはにこりとして答える。
「はい、ただいま」
見ると、子どもたちの種宝は様々な色をしてきらきらと輝いていた。アクアマリンやルビーのようなはっきりした色、真珠のような淡色やメノウのような不透明な種宝もあれば磨き上げた水晶のようなものもある……どうやら宝妖の数だけ色があるらしい。
そして種宝と同じように子どもたちの瞳もキラキラしていた。
それを見て、そっとエレオノーラはエンキに耳打ちする。
「エルとギィの主な仕事は、子どもたちの教育なの」
「なるほど、それで」
エンキの中で合点がいった。この子達はたぶん、彼らが受け持っている子どもたちなのだろう。子どもたちの声に耳をそばだてれば「宿題」だの「掛け算ができるようになった」だの「矢を的の真ん中に当てられるようになった」だのとしきりに言っている。
人間にすれば、十歳前くらいの子どもたちだ。
二人、とくにエルファマナーラは一人一人に顔を向けて子どもたちの言葉を聞き漏らすまいとしている。それは慕われる教師の姿だった。
ふと、その子どもたちの一人がエンキたちに気づいた。そして声を上げる。
「ニンゲンさんだ!」
その声に他の子どもたちもぱたぱたとこちらを向く。そして数名の男の子がとたとたと二人に駆け寄ってきた。そして、刀刃を下に向けてあるエンキの青竜偃月刀のまわりに集まる。
「なんだこれ!でっかい!」
「おっきい!」
手は出さないものの、その子達は刀刃をまじまじと観察している。エンキは苦笑した。どうも宝妖も人間も、男は武器が好きらしい。
「触るなよ。手が切れると危ないから」
一応、用心のためにそう言うと子どもたちは一斉にエンキを見上げた。
「お兄ちゃん、これ使えるの?」
「使えなきゃ持ち歩かないよ」
「コレ、なんていうの?」
「青竜偃月刀だ」
「せーりゅー……」
「ボク、こんなの見たことないよ!」
子どもたちは矢継ぎ早に感想を述べてくる。そこへ、ぱんっ!とエルファマナーラが手を打つ音がした。
「こらこら君たち、エンキさんに失礼よ。まずご挨拶しなさい」
言われて子どもたちは一斉に頭を下げた。そして頭を上げると同時に口を開く。
「お兄ちゃんエンキっていうの?」
「どこから来たの?」
「お姉さんはなんて名前?」
「お姉ちゃん、マントに穴が空いてるよ!」
いやはや大騒動である。さすがにそれを治めなければならないと思ったのか、ギィグランダが声を張り上げた。
「静粛に!整列!」
その言葉に子どもたちはあわてて一列になってビシっと背筋を伸ばした。
「すいません、人間が珍しくて」
ギィグランダは弁解したが、子どもたちは興味を隠せないらしく目がキラキラしている。
人間のほうは苦笑するしかない。
その整列した様を見て、ふとエルファマナーラが言った。
「あら、バルレインはどうしたのかしら」
するとその声に、ルビー色の種宝を持つ少女が答えた。
「バルは、自分の洞にいるんです……」
「まぁ。ありがとうマナアクア。あとで行ってみるわ」
エルファマナーラがそう言うと、ギィグランダが再び声を上げた。
「では今日はみんな帰りなさい。エレ達は長旅で疲れてるから」
「「「えーっ」」」
「『えーっ』じゃない。ほら、解散!」
ギィグランダが厳しく言うと、子どもたちは名残惜しそうにだが言うとおりにした。しかしその中のひとりがととと、と二人に駆け寄ってきた。
「お姉さんとお兄さんは何歳?」
その質問にエンキはたじろいだ。
「……、俺いくつくらいだろうな」
その言葉にエレオノーラは苦笑するしかない。少年の目線に屈んでから彼女は質問に答えた。
「二十代後半から三十代初めといったところじゃないかしら。私は24歳よ」
「わ、ボクより年下だ!人間ってほんとに歳をとるのが早いんだね!」
宝妖の少年はそれだけ言うと、走り去ってしまった。エンキはそれを見送りながら呟く。
「……年下?」
「宝妖は人間の三世代から五世代分くらい生きるって言われているの。実際私が会いに行く長老は、曽祖父のオメガとも知り合いだったの。
さっきの子は五十年くらい生きてるかもしれないわ」
「……それは初耳だ」
エンキはやれやれと首を振った。宝妖というのは不思議な生き物だ、と改めて思う。
そして、足元の枝を見る。この木も話によればかつては宝妖だったらしい。種宝が種になると言っていた。掌大の種がここまで大きくなるには何年の月日を要したのだろう。
思わずため息をつくと、それを疲れからのものと判断したらしいエルファマナーラが言った。
「そうだ、お二人とも私たちの家に泊まりなさいな。宿は決めてないんでしょう?」
「お言葉に甘えさせてもらってもいいかしら?」
その言葉に宝妖の二人は快く頷いた。



組になっている行政官は、多くが一つ屋根の下で暮らしていると言う。エルファマナーラとギィグランダも例外ではなく、二人の家は街の三層目にあった。
縦に伸び層になっている街の構造は、一層目は商業区、二層目は一般人の居住区で三層目には行政のためのものになっているという。
「この街は何層でできてるんだ?」
三層目に登ってきて、さらに上があることに気づいたエンキは訊ねた。
「五層まであるわ。四層目は子どもを得た宝妖たちのための育児区域、五層目には種宝を入れて子どもが生まれてくるのを待つ洞があるの」
「子どもが一番高いところで生まれるのか?……危なくはないのか?」
その質問にエルファマナーラは肩をすくめた。
「どのみち、この街に低いところなんてないわね。それに初めから高所にいて落ちる恐怖を知っておいた方がいいの。落ちても下に他の層があるから地面に叩きつけられずに、怪我ですむことのほうが多いわ」
「なる……って怪我をするのか?」
「私たちは人間より頑丈だから、四層から一層に落ちたくらいでは死なないわ」
「……そりゃすごい。」
エンキは感心していいのか呆れていいのかわからなかった。



幹の窪みに作られた二人の官舎は、一階は水廻りと居間兼応接室、二階に小さな部屋――ベッドと机だけが調度品――が四つあるこぢんまりとしたものだった。エンキとエレオノーラはそれぞれに部屋を宛がわれた。寝るのに不自由ではないが少々天井が低い部屋だった。
ベッドの上に背嚢を放り出し、エンキは居間にもどった。
低いテーブルの周りに二人掛けのソファが1つ、肘掛のついた一人掛けソファが2つありそのうちの1つにはギィグランダが座っていた。彼は手で二人掛けのソファを優雅に示した。エンキは大人しく、すでに腰掛けていたエレオノーラの隣に収まった。
「エルファマナーラはバルレインという少年の様子を見に行きました。私でよければ、おしゃべりでも」
そう言われてエンキは話題を探した。エレオノーラは疲れているのか深く腰掛け目を瞑っている。
「……そうだ、武器の刀刃と柄の部分の繋ぎが甘くなってしまってるんです。
どこかいい鍛冶屋をご存知ありませんか」
ギィグランダの口調が丁寧なので、エンキの口調も自然と丁寧になる。
「鍛冶屋ですか?……もしよかったら僕が拝見させていただいてもいいでしょうか。
これでも武官なもので、何かわかるかもしれません。宝妖は大抵の物は自分で直せます」
「……それじゃ、お願いするかな」
エンキが遠慮がちに言うとギィグランダは嬉しそうに笑った。尖った耳が心なしかピンとしたようにも見えた。それから彼はふとエレオノーラに視線を移した。
「エレ、疲れているなら、休んで来たらどうです?」
するとエレオノーラは目を開けて、首を振った。
「確かに疲れてはいるけど、そうじゃなくて。家はいいなぁと思っていたのよ」
その言葉にギィグランダははっとしたような顔になり、しおしおと尖った耳がしょげた。
エレオノーラは苦笑する。
「気にしないで。大丈夫だから」
「エレ……」
「大丈夫よ」
エレオノーラは念を押すように言った。エンキはそのやり取りを無表情に眺めているしかなかった。
そこへ、玄関の扉が開いてエルファマナーラがもどってきた。
「早かったですね」
そう言って振り返ったギィグランダはぎょっとした。エンキとエレオノーラも目を丸くする。
「そんなに見つめないでちょうだい」
その視線に、さらりとした口調で答えたエルファマナーラは右手を胸より上に挙げていた。
その右手の掌からはだらだらと鮮血が流れ出ていた。しかも二箇所から。
――宝妖の血も赤いのか。
エンキの頭の冷静な部分がぼんやりと感想を述べた。

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