| 「おかしい」少年はギィグランダを睨み付けたまま言った。
 「みんなおかしい!」
 「何がおかしいんだバルレイン?」
 そう言ってギィグランダは一歩前に出る。それに気圧されそうになりながらも、少年はぐっと体の脇で拳を作った。
 「"かりうど"はにんげんなのに、にんげんをまちに入れるなんておかしい!」
 「おかしくない。彼は狩人じゃない」
 「"かりうど"はにんげんだ!!」
 バルレインという少年は地団駄を踏んだ。ルビー色の種宝を持つ少女は不安そうな顔で自分の教育行政官とバルレインを見比べている。
 「すべての人間が狩人じゃない。栗鼠は時折噛み付くが、全ての栗鼠が噛み付くわけではないだろう」
 「でもかりうどはにんげんだ!!」
 バルレインはさらに激しく地団駄を踏んだ。そして、怒りに任せて続ける。
 「いちばんおかしいのはギィだ!ギィだって"掘り主"をかりうどに殺されたのに!!」
 ぴく、とギィグランダが動いた。そして目を見開いて少年の宝妖を見下ろす。
 ルビーの種宝の少女は驚いた顔をして、ギィグランダを見上げる。
 「――そうだとしても。罪があるものは裁かれた。悪いのは狩人で、人間全体ではない。
 バルレイン、冷静になりなさい」
 「ぼくは冷静だ!みんながおかしいんだ!!」
 「違う。エンキさんに謝りなさい」
 「やだ!!」
 そう言い捨てると、少年は身を翻して逃げてしまった。
 「バル!」
 慌てて後を追おうとした少女を、ギィグランダは制した。
 「マナアクア、ありがとう。
 ――バルはしばらく一人にして、頭を冷やさなきゃならないから放っておきなさい」
 言われて、マナアクアと呼ばれた少女は一瞬迷ったようだったが、結局はギィグランダに従った。
 
 
 
 ギィグランダは二人を工房に入れ、椅子に座らせた。エンキの隣に座ったマナアクアは、しばらくエンキの顔を見つめていた。エンキが不思議に思って見返すと、少女は言った。
 「お兄さん、ごめんなさい」
 「いや、気にするな。悪いのは君じゃないし、あの子の事情も聞いてはいるから」
 すると少女はほっとしたような顔をした。みれば心根の優しそうな顔と瞳をしている。
 「あのね……バルはね、二人の"掘り主"をね、いっぺんに狩られちゃったの。
 悪いのは"狩人のにんげん"なんだけどね、バルはにんげん全部嫌いになっちゃったの。
 でもほんとはいい子なの」
 気にするな、と言ったエンキに少女はさらに弁解した。エンキはなんだか申し訳なくなって少女の髪を撫でた。
 「気にしなくていいよ」
 そう念を押す。すると、それまで黙っていたギィグランダが言った。
 「お茶でも入れます、ちょっと待っててください」
 そう言って、火をおこした炉にやかんを置く。しばらくして、やかんがシューと音をたてる。ギィグランダは人数分のお茶を作り終えると、それを渡して自分も椅子に座った。
 「……あの子の気持ちはわかるんです。頭では人間全部が悪いわけではないとわかっている。ただ哀しくて悔しくてどうにもならない気持ちのはけ口を求めてるんです。それを貴方に求めるのはもちろん間違いですが」
 「……ギィも"掘り主"を狩られたの?」
 少女はマグカップを大事そうに抱えて、ギィグランダに訊いた。ギィグランダは少し遠くを見る。
 「片方をね。優しい人でした。でももう一人の"掘り主"が種宝を取り返して、大地に植えました。今は、若木ほどになっています」
 「そうか、種宝はタネでもあるんだったな。」
 「ええ」
 しばらく、沈黙が続く。
 「……バルレインは自分と同じ経験をした僕が味方をしないことにも怒ってるんでしょう。
 それに武官になれないと言ったし」
 「……バルはどうして武官になれないの?」
 マナアクアはギィグランダを見上げて再び訊いた。どうやら少女は賢く、また見た目以上にしっかりものらしい。ギィグランダはお茶を一口口に含み、それを飲み下すと言った。
 「戦闘センスがないのは、確かです」
 エンキはふと先程の"こうげき"を思い出した。攻撃前に気づかれるように声を出すようでは、まずダメであるし何よりすべてがめちゃくちゃだった。
 「――それと、あのような目のまま武官、いや武術を身に付けさせるわけにはいきません」
 「め?」
 「武官は民を護るものです。憎しみの感情を抱えたままでは、民を護れないどころか傷つけるでしょう」
 「……」
 少女は押し黙った。エンキはギィグランダが言わんとせんことがわかったので、黙ってマグを口に運んだ。
 「わたしは、武官になれる?」
 少女は話題を替えようと、明るい口調で切り出した。
 「武官に?どうしてです?」
 「んー……と、文官もすてきだけど、わたし考えたりするより体を動かすほうが好きだから。それにエルは、見回りのほかに書類をよんだり、書いたりして大変そうだもん」
 その言葉にギィグランダは苦笑する。
 それから、マナアクアはエンキを振り返る。
 「あの武器、お兄さんのなんだよね?」
 と、傍らにおいてあった青竜偃月刀を指差す。
 「ああ、そうだよ」
 「触ってもいい?」
 言われて、エンキは立ち上がり得物を取り上げる。そして、少女の前に差し出す。
 「触ってもいいけど、持とうとはしないほうがいいかな。腕が折れるかもしれない」
 すると、少女は恐る恐る柄に触れる。それは痛んではいるが、しっかりとしている。少女は柄を握ったり、刀刃をそっと指先で撫でたりする。
 「すごく重いの?」
 「僕にも重かったですよ。でもエンキさんは軽々と使いこなしてました」
 「コツを覚えれば簡単なんだ」
 少女は興味深そうにエンキの顔を見つめた。
 「お兄さん、やっぱり強いんだね」
 「そうかな」
 「うん、わかるもん。……わたしがもし武官になるとしたら何がいいかなぁ」
 マナアクアが得物から手を離したので、エンキはそれをギィグランダに手渡した。
 それから、少し考える。
 「弓矢、がいいかもしれないな」
 「ゆみや?」
 「ああ、ある程度非力でも集中力があるなら補える部分があるし、威力があるからな。それに遠くからでも攻撃できる。合わせて剣も使えるようになれば完璧だろう」
 「そういえばマナアクアは的当てが得意ですね。ぴったりかもしれません」
 「ほんと?!」
 マナアクアはぴょこんと椅子から降りた。マグカップから少しお茶が零れる。
 「わたし武官になれる?」
 「おおっと、文官用の勉強もきちーんとしてもらいますよー。可能性は広がりますから」
 「うん、する!」
 そう答えてから、じっとギィグランダの顔を見つめる。
 「あのね、ギィ。もしも、もしもわたしが強くなったらバルとかギィみたいに悲しい人、減るよね」
 その言葉に、一瞬ギィグランダは目を見開いた。
 「……ええ、そうですね。でも忘れないでください。文官も民を護るお仕事なんですよ」
 うん、とマナアクアは頷いた。それから自分のお茶に口をつけていなかったことに気づいて、一口口に運ぶ。温度がちょうど良かったらしく、二口目で彼女は全部飲み干した。
 そしてマグカップをギィグランダに返しながら頭を下げる。
 「ごちそうさまでした」
 「いえいえ、どういたしまして」
 そして、マナアクアはぴょこんと頭を上げた。
 「バルが頭冷えたかどうか見てくる!」
 「よろしくおねがいします」
 ギィグランダがそう受けると、マナアクアはひとつ頷いて元気よく工房から出て行った。
 それをギィグランダと共に見送りながら、エンキはぽつりとつぶやいた。
 「いい子だな」
 「悪い子なんていませんよ」
 ギィグランダはやわらかな声音でそう言い、お茶を一口すする。
 エンキはそれを見て、ふと暗い顔になる。
 「……あんたも、"親"を殺されたのか」
 「ええ。……子どもの頃の話ですから、人間にしてみればずっと前のことになりますね」
 「……あのバルレインって子に同調するわけじゃないが……やっぱり……人間は憎くないのか?」
 エンキが様子を伺うと、ギィグランダは深く息を吸い、そして吐いた。
 「……僕がバルレインに言ったことに嘘偽りはありません。
 人間の言葉にいい言葉がありますよね"罪を憎んで人を憎まず"。あれはいい言葉です。宝妖の民は常にそうありたいと願ってる。
 だけど、僕らだって愛することも知ってるから、憎むことも知ってるんです。喜びもすれば、怒り、悲しみもする……」
 「――……」
 「僕だって一時、もう一人の"掘り主"に八つ当たりした事、ありますよ」
 そしてギィグランダは苦笑する。
 「でもね、さっきも言いましたけどやっぱりどこかで解ってるんですよ。理解してるんですよ、その事実を。誰を責めても仕方ないことを。
 でも自分の中にもやもやしたもの――悲しみとか、言い表せないような感情とかがあって、いらいらして助けが欲しくて……」
 ギィグランダはそこで、工房の外へと繋がるドアをみた。
 「たぶん、バルレインは今そんな時期なんだと思います」
 「……そうか……」
 「……、ああ、そうかぁ、……失敗したなぁ」
 ギィグランダはそこで頭をかいた。エンキは先を促すように眉をあげた。
 「ほら、僕、あの子に『武官に向いてない』って言っちゃったでしょう。
 あれ、今から考えれば僕、怖かったんでしょうね。あの、怒りくるって悲しそうな目を見たら無茶しちゃいそうだと思って、無意識に言っちゃったんでしょうね。
 エルには"無駄な希望"なんてもっともらしい事言いましたけど……たぶん僕あの子の目が怖かったんです。……昔の自分を見るようで……今、話していて気づきました」
 エンキはそれを聞いて、苦笑した。
 「それじゃあ謝らなきゃな。メンツは潰れるだろうけど、努力すれば……」
 「でも戦闘センスがないのは事実なんですよねぇ、困りました」
 「……。」
 エンキはマグカップに残っていたお茶を飲み干した。そして、工房を見渡す。
 「なぁ、あれ借りていいか?」
 「え?」
 エンキはすっと工房の一角を指差した。そこには二振りの剣が無造作に壁に立てかけてあった。
 「あれですか?……出来が悪いので練習用にでもしようかと思っていたものなんですが、どうするんですか?」
 「ちょっとな」
 エンキは意地悪くニヤリと笑った。
 
 
 
 「バル」第五層。いま洞に種宝を入れて子どもを待つ"掘り主"は居らず、そこは人気がなかった。
 第四層から上がってくると、まず開けた枝の上に出る。そこは複数の白生樹が枝を絡ませる"広場"という場所に繋がっている。その広場の隅に、バルレインの生まれた洞はある。
 バルレインはそこにきっちりと収まっており、その入り口でマナアクアが彼の名前を呼んでいた。
 「バル、出てこようよー」
 「……。」
 「ねーえー、体が洞の形になっちゃうよ?」
 「……うっさい。」
 その言葉にマナアクアはため息をつくしかない。その背後で、コツコツという靴音がした。
 マナアクアは思わず振り返る。
 「お兄さん!」
 そこに居たのはエンキだった。
 「やれやれ。ここは一体どういう構造になってるんだ。ちょっと迷った」
 「……どうしたの?」
 エンキはすっと腕を上げた。
 「そこのいじけ虫に用がある」
 「……!」
 エンキがまっすぐ指差したのは、洞の中のバルレインだった。
 「出て来い」
 「……」
 コツ、とエンキは一歩洞に近づく。マナアクアは洞の中の少年と背の高い人間を見比べた。
 「"にんげん"が憎いんだろう?」
 コツ、とまた一歩。マナアクアは、エンキの手に二振りの剣が握られているのを見て息を吸い込んだ。
 「"にんげん"代表で相手してやる。出て来い」
 そう言うとエンキは剣を一本、滑らすように投げた。剣は洞の入り口で、握りの方をバルレインに向けてぴたりと止まる。
 「どうした?ほら」
 バルレインは洞の中からエンキを睨みつけていた。マナアクアは、そのあいだで困ったように二人を見比べていた。
 「どうした?」
 エンキは重ねて言い、薄く笑う。
 バルレインは動かない。じっとこちらを睨みつけている。
 「――怖いのか」
 「……!」
 ピクリ、と少年が動いたのがわかった。そしてまず、洞から手が伸びて剣を握る。
 次に頭が出、上半身がグイと外へ出る。
 「バル……!」
 マナアクアが不安そうな声を出した。洞から外に出たバルレインは、剣をまっすぐに構えた。それは、少年には少々大きすぎる剣だった。
 一方のエンキの剣もぴったりとは言いがたい。それは彼の体にしては小さいものだった。
 けれどもエンキはそれを、まっすぐに――しかし低く構える。そして――
 「来い。」
 そう言った。
 
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